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初七日

 2月1日(水)
 
 最初に断っときますが俺は霊感とかそういうの全く無いです
 
 昼間行ってるどうしようもない会社にて…
 
 夕方、工場の業務がもう少しで終わる頃
 事務所の方に伝票類を届けて工場に戻りドアを開けた時、
 俺の後ろから足音と誰かがついて来る気配があったので
 あ、工場に用がある営業さんだろうなと
 閉まりかけたドアを手で戻し後ろを振り返ると…
 誰もいない。 
 
 ちょっと背中がゾクゾクッとしたけれど
 でも怖いとかそういう感覚は全然無く
 ちょっと懐かしい感じ あ 社長だ。
 
 老害社長ったら 心配で工場見に来たなー
 ちゃんと仕事してますから大丈夫ですってば。
 
 ちょうど1週間前に告別式でした。
  
 6~7年前の日誌にはよく書いてたと思う。
 元気で毎日会社に出てきてた頃は社員全員振り回され
 突然の変更や思いつき、些細な言いがかりで怒鳴られ、
 入院したらしたで突然 「すぐに着替え持って来てくれ」 など
 社員をヘルパーさん扱いでコキ使い みな疲れ果ててた。 
 横暴でワンマンなネタ満載の老害社長。

 会社は繁忙期で超忙しい時期だったので
 社葬にはしなかったみたいです
 もし社葬にしたら受付手伝いだので
 社員全員が3日ほど仕事止まってしまいますが 
 それは絶対に無理な時期。
 売り上げ第一だった老害社長もそれで良いと言うでしょう 
 
 同業他社が次々廃業や倒産する厳しい業種で
 ケチケチ経営ながらも会社と雇用を守ってくれてた老害社長に
 社員一同 一定の感謝の気持ちは当然あるはずなのですが
 ご親族主催の告別式に社員一同が参列した席は
 わぁわぁ泣いてるお孫さん達とは対照的に
 社員達は喜怒哀楽を失った抜け殻みたいな感じ。
 
 最後に棺にお花を置いてお別れするあの儀式も
 積極的にお花を取って取り囲む親族達に対し
 社員達は3歩ほど下がってボーっと見つめてて
 葬儀社の係の人に “どうぞお別れを” と
 花を手渡されてようやく動き出す始末。
 いろんな複雑な感情が入り混じって社員みな無表情
 
 俺の場合 1年半前に四国工場への転勤を打診され
 それを断ってバトったのがまともに会話した最後。
 だって四国工場の屋上のプレハブの仮眠部屋に
 住まわそうとしてたみたいで、冗談じゃない。
 引越し代やきちんとした住居の提示もなく
 昭和初期の丁稚奉公のガキみたいな扱い。
 そんなんで20年続けたクランプ閉めて行ける訳ない
 クビになってもいい覚悟でキッパリきっちり断った。
 
 老害社長が元気な時期だったらどうなってたかと思うが
 ちょうどその頃から入院だのでバタバタしはじめたのもあり
 その件はうやむやのまま大阪工場は継続して今日まで来た
 とにかく会社と工場があるうちはがんばって仕事しよう。
 
 浄土真宗のお葬式だったので
 どんな悪人でも(笑) 必ず成仏して極楽浄土へ行くことになってます
 阿弥陀さまの下で修行してもう少しその口の悪さと強引さを直してきてくれ
 合掌
 
プロフィール

くらんぷますたあ

Author:くらんぷますたあ
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縛りの得意なS兄貴で~す

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